身濯神社(下黒土)

matama069◆身濯神社(下黒土)
【鎮座地】大分県豊後高田市黒土588番地
【旧社格】村社
【御祭神】伊弉諾命外7柱

(真玉町誌刊行会 編『真玉町誌(1978)』より)
◆祭神:伊弉諾尊・大直日命・八十猛津日命・表筒之男命・中筒之男命・底筒之男命 外五柱
◆合祀:明治四十三年合祀 ◇山神社◇琴平社◇日枝神社◇皇産霊社◇海原社
◆由緒:明治五年の神仏分離まで六所権現と称し、境内に七間四間の大堂があり、無動寺の所管であった。明治五年村社に列せられ身濯神社と改称した。
上、中黒土の身濯神社が大堂に集い、神の相談により、氏子安全、五穀豊穣で三社が地域を護り給うという。
【関連サイト】
『九州旅俱楽部』下黒土の身濯神社→
『大分の石橋』下黒土身濯神社石橋→
『大分の石橋〜道中で見たもの』下黒土身濯神社磨崖仏→ 下黒土身濯神社庚申塔→ 下黒土身濯神社仁王像1→ 下黒土身濯神社仁王像2→
【関連サイト】
『大分県の名所・旧跡・史跡のブログ』上真玉の名所めぐり その8(真玉町)
「36 下黒土の身濯神社」↓

上真玉の名所めぐり その8(真玉町) - 大分県の名所・旧跡・史跡のブログ
今回は大字黒土から大字城前(じょうのまえ)にかけての名所をめぐります。過去の記事と範囲が重複していますので、道順が前後します。なお、以前このシリーズで寄四国霊場を紹介したときに省いた別十字堂跡に先日行き当たりましたので、この記事で紹介します...
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『哲也の敬天愛人ブログ』身濯神社(真玉町下黒土)↓

『身濯神社(真玉町下黒土)』
本日は真玉町下黒土にある『身濯(ミソソギ)神社(六所権現)を紹介します。この神社は昨日の赤根神社の帰り道にありました。地名が『赤』と『黒』です。 では鳥居から…
『お寺めぐりの友』 無動寺旧跡 [身灌神社] 天台宗↓
無動寺旧跡[天台宗][大分県豊後高田市]-お寺めぐりの友
当地は威王山 無動寺旧跡である。元禄期(1688-1704)頃まではこの地に伽藍を構えていた。最盛期には伽藍規模は50-60あったといわれ、支配下に12坊を擁していたという。
Googleマップに写真の投稿があります。(とんあんつうこうさん他)
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「身灌神社(下黒土)」に関する Google でのクチコミ(投稿者: 奈多の松原)
★★★★★ "旧無動寺跡です。立派な燈籠が目を引きます。境内奥、両側の岸壁には風化した磨崖宝塔が多数残っておりますので、注意深く探してみてください。右奥の急斜面を登った先にも、磨崖宝塔が見られます。さらに奥には懸造のお堂があり、昔はここまで...
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