nakatsu007◆八幡鶴市神社
【鎮座地】大分県中津市相原3218番地
【旧社格】郷社
【御祭神】応神天皇・速秋津彦神・速秋津姫神・布留野鶴女姫命・布留野市太郎命
【県指定無形民俗文化財】鶴市傘鉾神事
(境内由緒書より) ◆祭神:応神天皇・速秋津彦神・速秋津姫神・布留野鶴女姫命・布留野市太郎命 ◆由緒:推古天皇の御代、水門の神速秋津彦神・速秋津姫神二神を、貞元二年(977)円融天皇の御代に宇佐八幡宮より八幡大神を勧請し、崇徳天皇の御代保延元年(1135)人柱となった鶴・市太郎母子の霊を合祀して八幡鶴市神社となる。 ◆人柱となった鶴・市太郎母子 保延元年の頃、宇佐神宮の神領であった沖代平野は領主湯屋弾正基信始め七人の領主(湯屋の瑞泉寺には七基の墓碑が建立され、毎年供養が営まれている)が支配していたが、沖代平野一千町歩八千石の耕作のため築いていた井堰が、洪水により毎年決壊していた。そこで対策を協議の結果、人柱を立てることになり、七人の領主は船に乗り、袴を水中に投じ一番先に沈んだ袴の持主が人柱になることとなり、結果湯屋弾正の袴が先に沈み、人柱になることが決まる。直ちに弾正は一室に籠り断食斎戒している中、家臣布留野源兵衛重定の娘鶴が「祖先よりの恩に報いるにはこの時」と身代りを申し出る。その決意や固く一歩も譲らぬ態度には遂に湯屋弾正も受け入れる。母子は七日七夜沐浴断食の後、白無垢に身を清めて輿に乗り井堰へ、人柱の犠牲の上に大井手堰は領民の祈りを込めて強固に完成され、以来洪水にも決壊することなく、母子の霊は八幡神社に合祀され八幡鶴市神社となった。それから八七二年に亘り歴史と伝統を受け継ぎ、今日では毎年八月第四土・日曜日に大祭が挙行されている。
【関連サイト】 『明治神社誌料』(国立国会図書館)相原神社→ 『中津耶馬渓観光協会』鶴市傘鉾神事↓ 『神社探訪・狛犬見聞録』八幡鶴市神社→ 『産土神名帳』八幡鶴市神社→ 『玄松子』「郷土を救った人々 -義人を祀る神社-」九州・沖縄地方編→
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Googleマップに写真の投稿があります。(春日遅遅さん他)八幡鶴市神社 · 〒871-0022 大分県中津市相原3218★★★★☆ · 神社